2025年9月2日、ある男性に関するニュースが日本中で話題になりました。
記憶喪失となり、いまも「自分が誰だかわからない」という状態で生活をされているそうです。
その正体についてネットでは続々と情報が出てきているようですが、そもそも記憶喪失とはなぜ起こり、どんな病気として捉えられるのでしょうか。
現役の医師である筆者が、詳しく解説していきます。
山中で目覚め記憶喪失に
まずは今回の出来事の簡単なまとめをしていきましょう。
2025年7月、島根・奥出雲町の山あいを走る国道沿いの植え込みで、ふと目が覚めたというエピソードから、この不思議な話は始まります。
当初は激しい頭痛を伴っていたこともあり、体を動かすことができず2日ほどずっと倒れていたままだったようです。
しばらくして体を動かすことができるようになると、辺りに散らばっていた荷物をまとめ、半袖Tシャツに黒いズボン、サンダルの格好で歩き出します。
この荷物の中に、現金60万円という大金が入っていたことも大きな話題になってますね。
しばらくは山水などを飲みながら野宿をしていたようですが、少しずつ近所の方から支援を受けることができるようになりました。
そういった方々の助けもあり、近くの町でキャンプ用品などを調達しつつ、野営生活を続けていたそうです。
警察に相談も手掛かりなし
8月に入って島根県警察に相談したようですが、それまでに出されていた捜索願と一致することはなく、身元は不明のままでした。
警察や、市役所職員とも相談の結果、断片的に残っていた記憶である「大阪のグリコ看板」を手掛かりに、大阪へ向かうこととなりました。
大阪に到着するも記憶が戻ることはなく、市役所に相談したところ職員が通報し、警察が駆けつけます。
そこで荷物の中にナイフが入っており、銃刀法違反の疑いで一時的に逮捕されました。
結果的には勾留10日で悪意はないとの判断で釈放され、「更生緊急保護」として大阪府内のNPO法人「ぴあらいふ」が運営するグループホームで生活を開始することができました。
2025年9月現在は記憶の手掛かりを探しつつ、飲食店でアルバイトを始めて生活の建て直しをしているようです。
解離性健忘(けんぼう)とは
強いストレスとなるできごとが原因で、過去のできごとや感情などを思い出せなくなる精神科領域の病気です。
戦争、震災、交通事故、性被害といった、非常に強いストレスによることが多いです。そういった意味では、ある種の自己防衛本能なのかもしれませんね。
大きいグループとしては解離性健忘は「解離性障害」の1つであり、例えば「解離性同一症」(物語で出てくるような二重人格に近い病気)などが同じ種類の病気になります。
さらに解離性健忘には症状によって「限局性健忘」「選択性健忘」「全般性健忘」などに分類されます。
「限局性健忘」や「選択性健忘」がどちらかというと一般的な形で、その強いストレスに関する事柄の記憶がすっぽりと、もしくは一部抜け落ちます。
今回の男性は、おそらく「全般性健忘」に相当し、強いストレスに関する記憶のみでなく、自分に関する記憶さえも失ってしまいます。
場合によっては世の中に関する知識すら失うこともあるようですが、買い物ができていることや、地名や公共施設に関する知識は持っていることから、ここまで重症ではないようですね。
ニュースの中には、「東尋坊でノートを見ていて、ノートには『東尋坊に来たぞ』というのと『自殺します』とあるんです。」というお話があります。
もちろん詳細はまだ不明ですが、「自殺」という言葉が自身に関連していたほど、何かしらのストレスがかかっていたことは推察されますね。
解離性遁走(とんそう)とは
解離性遁走とは、解離性健忘に伴う一症状です。
解離性健忘により記憶をなくした後、一定期間自分のアイデンティティを失って遠方をさまようという症状です。
今回のお話しのスタート地点である島根県まで移動したのは、解離性遁走の結果という見方で良さそうかと思われます。
どのように治療するの?治る病気なの?
数日間の経過で記憶が戻るケースもあれば、数年以上かけて少しずつ記憶が戻っていくこともあり、症例ごとに差が大きいと言えます。
また、特効薬はありませんが、薬物療法での介入も選択肢にはなります。
治療の主軸になるのはカウンセリング等になるため、いずれにせよ精神科の受診が推奨されますね。
一番大切なことはそもそもの原因となった「強いストレス」が取り除かれることになるため、少しずつ記憶や事の顛末が明らかになり、適切に医療的な介入がなされることが望まれます。
さいごに
記憶喪失、という強烈なワードが話題を呼んだ今回の事件ですが、実は解離性障害は身近な病気です。
今回の男性も、安全に記憶が戻り、適切な治療介入が得られることを祈ります。
最後までお読みいただきありがとうございました。